不動産の鑑定評価の1つである取引事例比較法は、実際に行われた取引事例を根拠にして対象不動産の価値を算定します。さまざまな事情や要因を比較検討し、対象物件が持つ独自の価値を評価できる点が特徴です。
この記事では取引事例比較法について、わかりやすく具体的に解説します。算定する際のポイントや計算例も紹介しているので、不動産の価値を知る方法の1つとしてぜひ活用してください。
もくじ
取引事例比較法以外にも不動産の鑑定評価方法はある
不動産の鑑定評価方法には、取引事例比較法のほかにも原価法や収益還元法があります。それぞれ特徴が異なるため、目的に応じて最適な評価方法を選択することが大切です。
まずは、取引事例比較法も含めた各手法の特徴をご紹介します。
原価法と収益還元法
原価法は、再調達価格と呼ばれる同じ建物をもう一度建てた場合にかかる費用から、経年による劣化分を減価修正して現時点における物件の価値を計算する方法です。主に、一戸建ての建物部分の査定額を出すために用いられます。
収益還元法は、対象不動産の収益力に着目した方法で、将来にどれだけの収益を生み出せるかを算定して物件の価値を査定するものです。不動産投資において物件選定をする際によく利用されますが、自身で居住する不動産の価値算定基準の1つとして利用されることもあります。
取引事例比較法は市場性を反映した方法
原価法は費用性、収益還元法は収益性を反映させて物件の価値を判断しますが、取引事例比較法に反映されるのは物件の市場性です。過去に同様の物件が取引された際の価格や条件を参考にして、対象物件の価値を見積もります。一般的な市場価値を比較対象物件の取引事例から推定するため、客観的な価値を算定できる点が特徴です。
不動産市場の変動や需要と供給のバランスなどの要因を考慮しながら、物件の適正な価値を評価できます。
取引事例比較法の流れと具体的計算方法
取引事例比較法の計算をする際には、まず近隣地域または同一需給圏内の類似地域にある土地から取引事例を収集します。次に、収集した事例の土地取引価格に事情補正や時点修正、地域要因や個別的要因を比較して比準価格を求めるのが算出の流れです。
ここでは、実際に120平方メートルの土地を査定したい場合の計算を、順を追って具体的にみていきましょう。
近隣地域の不動産売買の事例を収集する
取引比較事例法で不動産の価値を算定する際は、売買事例の収集が重要なポイントです。正確に査定するためには、査定対象の物件により近い条件の売買事例を見つけ出す必要があります。
収集する売買事例の主な基準は以下のとおりです。
- 半年以内に売買されている
- 立地条件が類似している
- 敷地面積が類似している
- 仕様や規模が類似している
- 築年数が類似している
- 最寄り駅からの距離が類似している
まずは、周辺の土地の売買事例から類似している土地を探します。半年前に100平方メートルの土地が4,000万円で売買されていた場合、1平方メートルあたりの価格は、4,000万円÷100平方メートルの40万円です。
今回査定したい120平方メートルの土地に当てはめると、価格は以下のとおりです。
事情補正と時点修正を反映
事情補正は、相場以外の価格に影響する要因を取引事例に対して反映させます。例えば、売主が借金の返済のために市場価格よりも2割安い価格で販売された物件を取引事例として使用する場合は、事情補正によって本来の価格に戻します。
今回査定したい土地に当てはめると、事情補正反映後の価格は以下のとおりです。
なお、取引比較事例法で査定する場合、事情のある取引事例は原則採用しないため、実務では事情補正を利用するケースはほとんどありません。
時点修正では、収集した事例の売買が成約した時点と現在との価格水準のズレを反映させます。不動産価格はタイミングによって異なるため、同じ条件でも同価格とは限りません。時点修正によって、現在の相場トレンドに沿った価格を算定できます。例えば、収集した事例の土地が取引時点から10%値下がりしている場合、時点修正を反映した価格は以下のとおりです。
標準化補正
土地の形状が標準的な土地と大きく異なる場合には、標準化補正を反映させます。例えば、査定したい土地が変形地で標準的な土地よりも10%ほど価値が低いと見積もった場合、標準化補正を反映した価格は以下のとおりです。
地域要因と個別的要因を比較
同じ条件の土地でも地域によって価格は異なるため、地域要因を加味した査定をすることが大切です。査定対象の土地が閑静で治安の良い住宅街にあり、取引事例の地域よりも10%ほど価値が高いと判断した場合の計算は以下のようになります。
さらに、土地固有の条件を個別的要因として比較します。個別的要因は、接道や最寄り駅からの距離、日当たりなどです。例えば、査定対象の土地の日当たりが悪く、10%価値が低いと判断した場合、ここまでの査定価格5,346万円に95%を掛けます。
すべての補正を反映して評価額を算定する
取引事例比較法で査定する場合は、さまざまな補正をすべて反映して評価額を算出します。今回事例にした120平方メートルの土地に、順に補正を反映した結果、取引事例比較法による最終的な査定額は5,079万円となりました。具体的な計算式は以下のとおりです。
取引事例:4,800万円
収集した取引事例での取引は100平方メートルで4,000万円だったため。
4,000万円÷ 100平方メートル× 120平方メートル
事情補正:6,000万円
売主が借金返済のために市場価格よりも2割安く売却したため。
4,000万円 ×(100÷ 80)
時点補正:5,400万円
事例の取引時点から10%値下がりしているため。
6,000万円× 90%
標準化補正:4,860万円
査定対象の土地が事例よりも10%ほど価値の低い変形地のため。
5,400万円× 90%
地域要因:5,346万円
査定対象の土地は閑静で治安の良い地域にあるため、10%価値が高いと判断。
4,860万円×110%
個別的要因:5,079万円
査定対象の土地への日当たりが悪いため、5%価値が低いと判断
5,346万円×95%
取引事例比較法の注意点
実際の取引事例を参考に、さまざまな条件を加味して算出できる取引事例比較法ですが、実は万能ではありません。
取引事例比較法を利用する際に、注意すべきポイントをみていきましょう。
一戸建ての査定には向いていない
取引事例比較法は、残念ながら一戸建ての査定には不向きです。同じ地域や広さでも、デザインを含めた建物の設計や間取り、さらに敷地の形状や向きなど一戸建ての条件や特徴は多岐にわたるためです。
また、同条件の取引事例は少なく、数多くの情報を収集するのも簡単ではありません。地域によっては、同条件の取引事例を見つけられないこともあります。
客観的な要因のみによって査定される
取引事例比較法では、デザインや物件へのこだわりといった主観的な価格変動要因は反映されません。あくまでも収集した取引事例による客観的な情報のみで算定されるため、物件によっては実際の価値を正しく査定できない点に注意が必要です。
また、購入希望者が複数いるなど、特殊な事情も査定額には算入されません。不動産価格は需給バランスによって決定されるため、たまたま購入希望者の注目を集めている地域では、取引事例比較法以上に実際の価値が高い場合もあります。
不動産会社の力量に依存する
取引事例比較法を正しく算出するには、高い情報収集能力が求められます。また、収集した事例を客観的な判断基準で正しく価格に反映するためには、査定を依頼する不動産会社の分析能力も重要です。
例えば、特殊事情によって類似する土地が高値で取引されていても、詳細な情報を入手できないまま取引事例比較法で査定すると誤った金額を算出しかねません。査定対象の土地がある地域での営業状況などを加味して、信頼のできる不動産会社に査定を依頼しましょう。
【まとめ】取引事例比較法はわかりにくいため専門家に依頼する
取引事例比較法で適正な価格を算定するには、精度の高い情報をより多く集める必要があります。また、補正を適切に反映するためには、豊富な不動産取引の経験も必要です。偏った情報で補正をかけてしまうと、現実とかけ離れた査定結果になるおそれもあります。
計算方法だけをみれば簡単に算出できそうですが、取引事例比較法で不動産価値を査定する際は不動産会社をはじめとする専門家に依頼しましょう。